私の記憶の中で、最も古い実家の光景は、足の踏み場もないほどに散らかった居間と、常に鼻をつくような酸っぱい臭いでした。母は決して私を叩いたり怒鳴ったりはしませんでしたが、家の掃除をすることも、まともな食事を作ることもありませんでした。ゴミ屋敷という言葉をテレビで見るたび、私は自分の家がそれであることを隠そうと必死でした。学校の友達に家へ遊びに来たいと言われるのが一番の恐怖で、いつも適当な嘘をついて逃げていました。衣服は洗濯されずに放置され、私はいつも同じ服を着て、学校では臭いと言われないように隅っこでじっとしていました。これがネグレクトという虐待の一種だと知ったのは、大人になってからのことです。当時は、これが当たり前の日常だと思い込もうとしていましたが、心の奥底では常に強い不安と恥辱感を感じていました。ゴミの山の中で眠り、期限切れのパンを食べる生活は、私の自己肯定感を徹底的に破壊しました。自分は価値のない人間なのだ、綺麗な部屋に住む資格などないのだと、幼い心に刻み込まれてしまったのです。もし、あの時、誰か大人が私の家の状況に気づいて、助けを差し伸べてくれていたら、私の人生はもっと違ったものになっていたかもしれません。ゴミ屋敷で育つ子供は、親を愛しているからこそ、親の異常さを隠そうとします。だからこそ、周囲の大人がその嘘の裏側にある叫びを聞き取ってほしいのです。現在、私は片付けができない親を抱える子供たちの支援をしていますが、現場で見かける子供たちの目は、かつての私と同じ色をしています。物理的なゴミを片付けることはできても、心に染み付いた傷を消すには膨大な時間がかかります。1人でも多くの子供が、清潔なシーツの上で安心して眠り、温かい手料理を食べられる当たり前の生活を送れるように、私はこれからも自分の経験を発信し続け、社会の無関心という名のゴミを1つずつ取り除いていきたいと考えています。
汚部屋で育った私が伝えたい真実の事